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名古屋地方裁判所 昭和54年(ワ)1263号 判決

原告 上田昭夫

右訴訟代理人弁護士 浅野隆一郎

被告 株式会社ユニオン

右代表者代表取締役 岩本規良

〈ほか一名〉

右被告ら訴訟代理人弁護士 波多野弘

主文

一  被告らは各自原告に対し三六、八九〇円及びこれに対する昭和五四年六月六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決の主文第一項は仮に執行することができる。

事実

第一申立

一  原告

被告らは各自原告に対し三三六、八九〇円及びこれに対する本訴状送達の翌日から完済まで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告らの負担とするとの判決並びに仮執行の宣言を求めた。

二  被告ら

原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求めた。

第二主張

一  原告の請求原因

1  原告及び被告会社はともに図書の訪問販売業者であり、被告長縄は被告会社の従業員である。

2  原告は昭和五四年四月一七日頃顧客三名に講談社発行の「世界のグラフィックデザイン」各一組を販売する契約を締結した。ところが、被告長縄はその直後右顧客三名に対し一割引にて同じ書籍を売ると申し向けたため、原告と右顧客三名との売買契約は顧客の申入によって解約された。

3  右被告長縄の行為は正常な商慣習に照して不当であり、民法七〇九条の不法行為にあたり、また、被告会社は被告長縄の使用者として、それぞれ原告に生じた後記損害を賠償すべき責任がある。

4  原告は次の損害を受けた。

(一) 得べかりし売買益の喪失 三六、八九〇円

一組一八、四四五円の三組分 三六、八九〇円

(二) 信用低下に対する慰藉料 三〇〇、〇〇〇円

原告がキャンセルを受けたことが仕入先、得意先等に知れわたり、信用を失墜し、今後の営業活動にも支障を生じ、精神上の損害を受けたことに対する慰藉料

5  よって、原告は被告らに対し各自三三六、八九〇円及びこれに対する本訴状送達の翌日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告らの答弁

1  請求原因1、2は認める。

2  同3、4は否認する。被告長縄が前記顧客三名方を訪問したのは昭和五四年四月一七日であるが、このとき、被告長縄は右顧客三名から、原告との売買契約について、申込の取消のできる期間内であることを聞かされ、この商品なら一割引が可能であることを説明したところ、高価な商品であるため、右顧客三名は、原告との売買契約を解除し、改めて被告長縄と売買契約を締結したものである。原告と右顧客三名との間の売買契約は、顧客の側で、相当期間内であれば自由に取消のできる条件付売買契約であり、右相当期間内に顧客の側から売買の取消をしたもので、何ら違法不当のものではない。図書の訪問販売の場合、同一商品で業者が競合したときは顧客に対する値引その他のサービスが行われるのは商取引の常識であり、それは正常な商慣習であり、被告らの行為には違法不当の事実はない。

第三証拠 《省略》

理由

第一  原告及び被告会社がともに図書の訪問販売業者であること、被告長縄が被告会社の従業員であることは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、被告長縄は昭和四九年四月被告会社に雇用され、主として書籍の訪問販売の業務に従事していたことが認められ(る。)《証拠判断省略》

第二  原告が昭和五四年四月一七日頃顧客三名との間に講談社発行の「世界のグラフィックデザイン」(以下本件書籍という。)各一組を販売する契約を締結したことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》を綜合すれば、右売買契約は、原告の営業担当の従業員園田が名古屋造形芸術短期大学の長筬第三寮を訪問し、新入の女子学生である兵藤博美、角谷、内藤の三名に本件書籍を販売する契約をしたものであり、本件書籍は全七巻で、現金価格五九、五〇〇円、一〇回の分割払価格六三、〇〇〇円という書籍としては高額商品であること、そのため、右売買契約の締結に至るまでには、園田において商品説明、購入方の勧誘その他相当の努力を要したであろうことが認められ(る。)《証拠判断省略》次に、《証拠省略》を綜合すれば、被告長縄は昭和五四年四月一七日頃書籍の訪問販売の目的で右長筬第三寮へ赴き、兵藤外二名から前記売買契約を締結したことを聞き、同じ書籍を一割引にするがどうかと申入れ、クーリングオフというのがある、期間は四日間である旨話したこと、その結果、兵藤外二名は前記原告との契約を解除することとなり、葉書によりクーリングオフの手続をしたこと、被告長縄は同時に兵藤外二名との間に、「世界のグラフィックデザイン」各一組を販売する契約を締結し、右契約はその後履行を完了したことが認められ(る。)《証拠判断省略》 右事実からすれば、被告長縄は、原告と兵藤外二名との間に既に本件書籍各一組の売買契約が締結され、原告の売買代金債権が発生していることを知りながら、しかも、自らも訪問販売業務に従事しているのであるから、園田において相当の努力の末に売買契約の締結にこぎつけたであろうことを察知しながら、兵藤外二名に原告との契約を解除させて原告の有する債権を喪失させ、かつ労せずして園田の努力の結果をも自己の手中に収めたものというべきである。そして、《証拠省略》によれば、被告会社は訪問販売業務担当の従業員に対し、定価どおりに販売してほしい旨申し渡していたこと、被告長縄も通常の場合は定価どおり販売していること、値引をするのは顧客の特に強い値引要求があったときの外は本件のような場合に限られ、値引分は販売担当従業員の歩合給から差引かれることが認められ(る。)《証拠判断省略》以上によれば、被告長縄の行為は公正な営業活動とはいい難く、不当な利益を顧客に与えることをもって原告と顧客との間に既に成立していた売買契約を顧客に解除させて原告の有した債権を喪失させ、原告に損害を蒙らしめたもので、信義則に照らし違法たるを免れないというべきである。被告は、原告と兵藤外二名との間の売買契約は、顧客の側で相当期間内であれば自由に取消のできる条件付売買契約であり、右相当期間内に顧客の側から売買の取消をしたものであると主張するので検討するに、前示事実からすれば、右売買契約は訪問販売等に関する法律二条の訪問販売にあたり、同法六条の規定により購入者において一定期間内に売買契約を解除することができ、被告の主張するところも同旨であろうと解されるが、右クーリングオフ制度の趣旨は、訪問販売においては、セールスマンの主導の下に、巧みな言辞に影響され、購入意思が不確定なままに契約の締結に至ることがあるので、購入者に考え直す機会を与え、購入意思がなくなった場合には無条件で契約解除ができることとしたものであるところ、前認定事実によれば、兵藤外二名は被告長縄の不当な働きかけの結果、原告からの購入意思はなくしたかもしれないが、同じ書籍を購入する意思はなくしていないし、購入意思が不確定なまま契約を締結したわけでもないから、右六条の規定による解除権を行使できる場合にあたらず、そうであるのに被告長縄において兵藤外二名に右解除権を行使させたのであって、被告の右主張は失当というべきである。また、被告は、図書の訪問販売の場合同一商品で業者が競合したときは顧客に対する値引その他のサービスが行われるのは商取引の常識であり、それは正常な商慣習であると主張するが、被告提出の証拠その他本件全証拠によるも右主張を認めるに足りない。被告は「業者の競合」というけれども、取引の誘引ないし交渉段階で業者が競合した場合に値引その他のサービスが行われることは当然であろうが、本件のように既に特定の業者との間に売買契約が締結された後においては、「業者の競合」の状態は通り過ぎているといわざるをえない。なお、《証拠省略》によれば、本件のようなことは書籍の訪問販売の業界では過去に時々発生したことが認められるが、元来違法な行為を第三者がしたからといって、被告長縄の行為が正当化されるいわれはないというべきである。そうだとすれば、被告長縄は民法七〇九条の規定により、被告会社は同法七一五条の規定により、原告に生じた後記損害を賠償する責任がある。

第三  そこで、原告の受けた損害について検討するに、《証拠省略》を綜合すれば、原告は本件書籍三組を販売すれば一組一八、四四五円合計三六、八九〇円の利益を得べかりしところ、被告長縄の前記行為によりこれを喪失し、同額の損害を受けたことが認められ(る。)《証拠判断省略》 しかし、原告提出の証拠その他本件全証拠によるも、原告が兵藤外二名から解除されたことが仕入先、得意先等に知れわたり、信用を失墜し、今後の営業活動にも支障を生じ精神上の損害を受けたとの原告主張事実を認めるに足りない。《証拠省略》によれば、昭和五四年九月終り頃前記短期大学の属する同朋学園から原告に対し、「学生からこういうトラブルをきいたので暫らく遠慮してもらいたい。」といわれ、それ以後同学園に出入することを差止められたことは認められるが、出入を差止められるべき業者は、本来被告長縄及びその使用者たる被告会社であると考えられるから、原告が出入を差止められることにより損害を受けることは被告長縄の予見可能性を超えているといいうるし、《証拠省略》によれば、原告が出入の差止を受けたのは、被告長縄の行為の後において、原告と被告会社との間に紛争が生じ、その中に主として原告の側で学生を巻き込んだためであることが認められるので、被告長縄の行為と原告が出入差止による損害を受けたこととの間に、原告と被告会社との間の紛争という別個の行為が存在するので、因果関係の点でも疑問があるといわざるをえない。

第四  以上によれば、原告の請求は、三六、八九〇円及びこれに対する本訴状送達の翌日であること訴訟上明らかである昭和五四年六月六日から(原告の請求の限度)完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当であるからこれを認容し、その余は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松原直幹)

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